「農業×福祉」が日本の未来を救う
2026-03-06
米づくりを事業として始めるかどうかも含めて、いま私が思い描いているビジョンをひとりの日本人として言葉にしてみます。少しだけお付き合いください。
日本の米づくりは「守る」だけでは足りないフェーズに入った
客観的に世界市場を見ると、日本は米の生産量ランキングでトップ10にも入っていません。2022年時点で12位です。上位はインド、中国、東南アジア諸国など、人口規模も、農地面積も、生産構造もまったく違う国が並びます。つまり日本は、同じ土俵で「量」を追いかけて勝つことが難しい国です。
その前提で私なりの結論を述べると、必要なのは量で競う発想ではなく、国内で必要な量を「安定して持続的に作り続けられる体制」へと設計し直すことです。ところが現実には、担い手・生産体制の弱体化が進み、かつてのように「作れば回る」「守れば続く」という延長線では、国内供給の安定を担保しにくくなっています。
これは文化を守れるかどうかという話にとどまらず、食料安全保障=暮らしのインフラをどう維持するか、という問題です。そして今、そのインフラに警告灯が点っています。ここに、日本の米づくり改革の本質があると思っています。
担い手減少 → 生産量低下 → 輸入リスクという、一直線の現実
米づくりの議論でいちばん怖いのは「米はあるから大丈夫」という空気のまま、土台が静かに崩れていくことです。しかし実際には、土台の変化はもう数字に表れてきています。稲を収穫する農家は1970年に466万戸あったのが、2020年には70万戸に減少。50年で8割以上も減りました。
担い手が減るというのは、単に「農家の数が減った」ということではありません。地域の水管理、機械の更新、共同作業、次世代への技術継承といった、米づくりを支えていた「運用」そのものが細っていくということです。米づくりは工場生産ではなく、地域の知恵と手間で成立する産業です。だからこそ一度痩せると回復に時間がかかります。そして当然、生産にも影響が出ます。その結果、米の生産量は1970年の1,253万トンから2020年には776万トンへと約4割減少しました。
担い手が減る → 作付けや維持が難しくなる → 生産が落ちる。ここは感情論ではなく、構造の問題として一直線につながっています。
そして、この流れが続いたときに現実味を帯びてくるのが「輸入に頼るリスク」です。国内生産がじわじわ細ると、需給の穴を埋める手段は限られてきます。価格を上げて需要を抑えるのか、供給を外部に求めるのか。どちらも国民生活に直結する痛みを伴います。
しかも世界市場は、米がいつでも余っているわけではありません。天候不順や地政学リスク、輸出規制、為替の変動が重なれば「買いたい時に買えない現象」も起こり得ます。だから私は、米づくり改革は「農家のため」だけではなく、私たち日本人の暮らしを守るためのインフラ再設計だと思っています。
もう一つの課題:障害者雇用は「法律があるのに」進みにくい
ここで、私がずっと引っかかっているもう一つのテーマがあります。それは日本の障害者雇用です。今、日本では障害者雇用促進法があり、企業には法定雇用率が定められています。しかし実態としては「進んでいない」というのが現実です。民間企業で雇用されている障害者数は約70.5万人、実雇用率は2.41%、法定雇用率を達成している企業割合は46.0%という、障害者雇用においてネガティブなデータが発表されています。
さらに私が問題だと感じるのは「国全体として、就労人口に対して障害のある人の就労が何%なのか?」という形で確認する指標が見えにくい構造にあることです。データが見えにくいものは関心が育ちにくい。関心が低ければ、仕組みも整わない。結果として就労者数の増加に至らない。私は、ここに大きなボトルネックがあるのではないかと感じています。
一方でアメリカは、障害のある人の雇用者比率(employment-population ratio)を継続的に公表していて、2023年は22.5%と示されています。アメリカが示すこの数値にどのくらい信憑性があるのかは分かりませんが、数字があれば議論が進む、比較ができる、目標が作れる、というのは明らかです。
仮説:農福連携が米づくりの担い手問題の打ち手になる
ここで、二つの課題が一本につながります。
「担い手不足に苦しむ農業」と「働く機会が十分に開かれていない福祉」
この二つを単なる善意ではなく「産業の仕組み」としてつなぎ直す。その可能性が「農福連携」だと私は思っています。もちろん、理想論で終わらせたくない、現場はそんなに甘くない、という意見はあると思います。しかし、考えられる方法を一つずつ試し、うまくいく形に調整しながら前に進むしかありません。正解を待つのではなく現場で小さく始めて、検証して、改善していく。私はそのやり方で、私なりにこの課題に向き合っていきたいと考えています。
そうは言っても、田んぼに入ったことすらない私が、いきなり「米づくりを事業にする」と決めるのは違う、そう思いました。だからまずは、自分の身体で米づくりの苦労と喜びを体験することから始めてみることにしました。泥だらけになり、天候に振り回され、水管理や機械の難しさに頭を抱える。きっと米づくりは、想像以上に大変です。それでも、収穫の瞬間の喜びも含めて、現場のリアルを自分の感覚で理解したい。その経験があって初めて「農福連携が本当に解決策になり得るのか?」を語れる。私はそう考えています。
児童福祉から育った子どもたちが未来の日本を支える世界へ
最後に、私のいちばんの願いを記します。
私たちが願うのは、事業運営する児童福祉の現場で育った子どもたちが、いつか社会に出て、農業でも、福祉でも、地域でも、「必要とされる働き手」として活躍していくことです。支えられる側に留まるのではなく、次は支える側として、誰かの暮らしを成り立たせる存在になっていくことが何よりも喜びです。
米づくりの改革と、障害者雇用の前進。どちらも「誰かがやるべきこと」ではなく、「自分たちが関わって形にすること」だと私は思っています。日本の米は、ただの主食ではありません。暮らしの根っこであり、次の世代へ手渡すべき産業です。その第一歩を、私はまず自分の体験から始めてみます。HIRONORI KAJIKAWA
ということで、私、種子島で田植えをやってきます!



